下行大動脈が裂けるスタンフォードB型の治療は、1年以内にしたほうがいいの?

 


1.大動脈解離とは
心臓が絞り出した血液を全身に送り届けるパイプが動脈ですが、この動脈の中で最も太い部分を大動脈と呼びます。
この大動脈は高い血圧(血液の圧力)に耐えるため3層構造となっており、大変頑丈にできています(図1)。
しかし諸々の理由で、この3層構造のうち、中膜(まん中の膜)と内膜(一番内側の膜)が弱くなり、大動脈の内部を流れていた血液が内膜にできた裂け目(エントリー)を通り、中膜層(内膜と外膜の間)に入り込むことがあります。
中膜層に入り込んだ血流は勢いが大変強いため、大動脈の壁を縦方向(末梢方向=足側)に裂いて行きます(図1)。

これを医学用語で大動脈解離(ダイドウミャクカイリ)と呼びます。
多くは胸部の大動脈に裂け目が始まり、腹部大動脈まで拡がります。骨盤レベルに達することもしばしばあります。
このように解離した大動脈は片側が外膜1層のみとなっているため、血圧に耐えられず、途端に破れてしまう(大動脈破裂)ことがしばしばあります。
また、大動脈解離の裂け方によっては真腔(もともと流れていた腔)が偽腔(裂けてできた腔)に押されて血流が悪くなり、内臓や全身への血行障害を来たし、死亡することもあります。

 

2.大動脈解離の治療法
2-1.A型とB型で治療方針が違う
大動脈解離は大動脈が裂ける場所によって2つに分類されます。上行大動脈(心臓を出てすぐの大動脈)から裂けるタイプがスタンフォードA型(図2a)、上行大動脈は裂けず、背中の大動脈(下行大動脈)から裂けるタイプがスタンフォードB型です(図2b)。

 

A型は病気が発症して48時間以内に破裂を起こしやすく、緊急手術が必要です(破れやすい上行大動脈を人工血管に取り換えます=かなりの大手術です)。

B型はA型に比し、すぐには破裂しないことが多いため、お薬と絶対安静の治療が中心です。しかしこのB型も破裂の兆候が認められたり(背中の痛みが持続)、腹部内臓や下半身への血の流れが悪くなる場合は緊急の治療(昔は手術、最近はカテーテル治療)を必要とします。

またB型は病気発症すぐには手術治療の必要がなくても、数ヶ月~数年で偽腔が拡大して破裂を来たすことがあります。このため偽腔が膨らみ瘤化(大動脈解離の偽腔が膨らんで瘤化した状態を解離性大動脈瘤と呼びます)するのを防ぐため、解離の原因となった裂け目(エントリー)をカテーテルで塞ぐ治療をすることがあります。これが、B型大動脈解離に対するステントグラフト治療です(図3)。


2-2.発症してから最初の1年が大事
A型大動脈解離の多くはその発症時に緊急手術が施されます。この病気発症時の緊急手術は、心臓に近い上行大動脈を人工血管に取り換えるものですが、この術後には背中の大動脈(下行大動脈)に大動脈解離が残存してしまいます。
つまりA型の手術の後にはB型の大動脈解離が残るわけです。
一方でB型は病気発症時すぐには緊急の治療が必要なくても、上述のように裂けて出来た偽腔がどんどんと拡大し瘤化することがあります(全体の30-40%)。このような拡大・瘤化の兆候があるB型大動脈解離にはステントグラフトによる先制攻撃が必要となってきます。

但し、このステントグラフトによる先制攻撃は、病気が発症してから1年以内に行ったのと、1年以上経過して偽腔が膨らんでから(解離性大動脈瘤になってから)治療を行ったのとでは、その効果に大きな違いがあります。
つまり、病気が発症してから1年以内に治療を施行すれば、偽腔が高頻度で縮小し、大動脈解離が根本的に治ってしまうこともあります。
反対に、1年以上経過して大動脈解離の偽腔が瘤化してしまった患者さんにステントグラフトによるエントリー閉鎖を行っても、偽腔の縮小が得られにくく、治療の効果が得られにくいことが多いのです。それ故、B型大動脈解離に対するステントグラフトによる先制攻撃は、発症してから1年以内の治療が重要となってきます。むやみに「治療が怖い」などといった単純な理由から、漫然と大動脈解離を放置するのは危険であるということです。